中学受験を断念した我が子が「偏差値のレール」を外れて見つけた地域みらい留学という進路

中学受験を断念した我が子が「偏差値のレール」を外れて見つけた地域みらい留学という進路

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はじめに

「進度の早い塾に通わせなきゃ」
「テストの点数を上げさせなきゃ」
常に一歩先を求められ、ペーパーテストの点数や偏差値という物差しで我が子の未来が測られていく日々。しかし、それは本当に子どもにとっての幸せなのでしょうか。

今回お話を伺った長谷川さんも、かつてはその都市型の教育環境の渦中にいました。しかし、ある気づきをきっかけに、偏差値の枠組みから勇気を持って一歩を踏み出し、娘さんを「地域みらい留学」へと送り出しました。現在、娘さんは地域みらい留学をした先で高校3年生になります。

当時、長谷川さんがどのような思いで我が子と向き合い、進路を切り拓いてきたのか、そのリアルな軌跡を紐解きます。

2026年 長谷川さん(左)と娘さん(右)

偏差値至上主義のレールから脱線 焦燥感に駆られた小学生期

-小学校の時はどんな娘さんだったんでしょうか。

長谷川さん 手のかからない子でしたね。お友達のことが大好きな、ごく普通の子だったと思います。小学校3年生の時に、中学受験を見据え、某有名集団塾に通い出しました。私たちの住んでいる地域は、周囲も半数以上のご家庭が中学受験を考える地域。夫が国立大学の附属中学校出身だったこともあり、我が家では都立中高一貫校を目指そうと話していました。

-実際に中学受験はされたのでしょうか。

長谷川さん いえ、受験はしていません。塾の成績が良くなく、 塾の勉強のスピードに追いつけていませんでした。本人はかなり努力していましたし、勉強の付き添いもだいぶしましたが、なかなか成績が付いてきませんでした。娘が小学5年生の時に夫婦で話をし、そもそも中学受験に向いてないという結論に夫婦でなり、中学受検を断念することにしました。

「このレールを外れたら、この子の未来はどうなるのか」と、そんな漠然とした、不安がよぎったことも事実。でも、夫とも話をして、「たまたまペーパーテストでの成果をあげることが難しいだけ。絶対にうちの娘は良い未来を切り拓くことができる」と前向きに、中学受験は諦めました。

2017年 小学校3年生で勉強に励む娘さんの様子

-そこからどのように地域みらい留学と出会っていくのでしょうか。

長谷川さん 中学受験を断念したことで、娘が小学校5年生の時には、地域みらい留学を含めて高校受験の情報を集め出していたと記憶しています。島根県立隠岐島前高等学校の島留学のことを以前から聞いたことがあって、この時点ですでに地域みらい留学のことを知っていました。

-娘さんに地域みらい留学という選択肢を提示したのはいつごろでしょうか。

長谷川さん 中学1年生の時に、実際に娘に地域みらい留学という選択肢もあることを伝えました。最初は「嫌だ」とキッパリ言われたことをよく覚えています。中学1年生という年頃で、家族や大好きな友達と離れ離れになることは、彼女にとっては想像もできないことだったのではないかなと思います。

2017年 小学校3年生の時の娘さん

親としての覚悟 娘の本質をみてもらう小国受検

-そこからどのように地域みらい留学で進学することになっていくのでしょう。

長谷川さん 転機は中学2年生の時です。夫の実家のある、山形県にも地域みらい留学の受け入れ校があり、見学にしに行くことに。見学したのは、山形県立小国高等学校(以下、小国)。当時、山形県の受け入れ校は小国と遊佐だけで、夫の実家からのアクセスを考慮し、小国を選択しました。

実際に見学に行ったことで、娘にも留学するイメージも湧いてきたように見えました。おじいちゃん・おばあちゃんの家にいつでも行ける環境であったことも、彼女にとっては安心材料だったかもしれません。

-小国の1校だけで決めたのでしょうか。

長谷川さん 親としては、1校だけで決めてほしくないという思いは当然ありました。娘はあまりほかの高校に強い関心を持たない様子でしたが、もう1校は地域みらい留学の受け入れ校を見ておくように進めました。受け入れ実績の多い島根県の高校から選ぼうと、島根県立横田高等学校を見学。東京の高校受験では単願推薦であっても、併願校を作っておくように指導されるので、都内の私立高校も見学しました。当時見に行ったのは、新渡戸文化高等学校です。

-3校で比較されたわけですね。

長谷川さん そうしたことも経て、中学3年生の初頭には、本人は「小国に行く」と決めていました。住まい環境が娘にとっての大きな決め手だったと思います。1人部屋が良かったようで、小国に軍配が上がりました。

実は親としても、小国の誠実な対応に安心感があったことをよく覚えています。何でもできるという幻想を抱かせるわけではなく、「できないことはできない」とハッキリと説明してくれたことで、親としても覚悟はできました。

-そこから受検への対応はいかがでしたか。

長谷川さん 受検・面接に向けて、不安がなかったわけではありません。でも、反復練習して作りこみすぎて、娘の本質を見てもらえなければ、きっと地域みらい留学で進学する意味がない。最低限の挨拶や質問シミュレーションは家庭で行いましたが、あとは本人に任せました。

人当たりのよい娘であれば、きっと面接で落ちることはないと不思議と自信はありましが、実際に合格が頂けたときには、夫とともに安堵しました。

2023年5月 小国のオープンスクール時の様子

娘が生まれてきてくれた時に願っていたことに娘自身が気付かせてくれた

-実際に留学をした娘さんの様子はいかがでしょうか。

長谷川さん 早いもので、もう高校3年生。もともと人当たりはいいタイプでしたが、目上の大人と親しみをもちつつ、社会性を持ったコミュニケーションができるようになったと感じます。小国では地域の人との交流も盛んです。東京では得られない、人としての成長をしてくれていると感じます。

-娘さんと高校卒業後の進路の話はされていますか。

長谷川さん 高校卒業後は東北地方のとある美術系の大学に行きたいと頑張っているようです。都市部の美大に進めば、結局競争社会の渦中に舞い戻ってしまうことになる。東北地方で自分のやりたいデザインを、自分のペースでできる大学を見つけたようで、親としても嬉しく思います。

2025年4月 高校2年生時の娘さんと実家の犬

-最後に、娘さんの将来について考えていることがあれば教えてください。

長谷川さん 娘が小学生だった当時、中学受験の「偏差値輪切りコース」に乗れないことが分かった時に、絶望していた自分の姿を思い出します。でも、娘が生まれてきてくれた時のことを振り返れば、ただただ「お友達がいて、健康で元気に過ごしてほしい」とだけ願っていたはず。いつしか社会の風潮に飲み込まれ、娘の幸せが何だったのかを見失っていたように思います。それを娘自身が私や夫に気が付かせてくれ、肩の荷がふっと降りた、そんな瞬間がありました。

私の今の願いは、最低限飯が食えるようになってくれればいい。そして、「最近どう」と問いかけたときに、「なんだかんだ楽しくやっているよ」とあっけらかんと答えてくれる、そんな未来を娘には歩んでほしいと願っています。

2025年8月 白川湖(山形県)でサップ体験

☝長谷川さん流 親の受検のポイント

中学校3年生の初頭、娘が小国の受検を決めたことで、親としての仕事がより一層、実務的に動き出しました。中学校3年生の1学期の3者面談では、担任の先生に地域みらい留学で進学することをしっかり伝えたいと考えていたからです。当時、地域みらい留学での進学はまだまだマイノリティ。先生も夏休み明けに言われては、準備や事務手続きが追い付かないのではと推察し、できるだけ早くかつ正確に情報を伝えようと思いました。

先生に書いていただく書類にはすべて目を通し、付箋を貼ったりして、先生にサポートして頂きやすいように、親としてできる最善を尽くしました。地域みらい留学で進学することは、家庭だけでは成り立ちません。受け入れ校とのコミュニケーションは勿論ですが、在籍中学校の先生との密な連携も、親としてできる大切なサポートだと思います。お子さんが納得できる進路選択を、保護者の皆さんは全力でバックアップしてあげてください。

(取材・編集:地域みらい留学 事務局 小谷 祐介)

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